仏教のはじまり
四門出遊(しもんしゅつゆう)とは、仏教の開祖である釈迦(ゴータマ・シッダールタ)が、出家を決意するに至った重要な出来事を指します。
概要
釈迦は、カピラヴァストゥという王国の王子として生まれ、何不自由ない生活を送っていました。しかし、29歳の時に城の東西南北の四つの門から外出した際、それぞれ異なる光景を目にします。
• 東門: 老人に出会い、老いの苦しみを知る
• 南門: 病人に出会い、病の苦しみを知る
• 西門: 死者に出会い、死の苦しみを知る
• 北門: 修行者に出会い、精神的な安らぎがあることを知る
これらの体験を通して、釈迦は人間の生老病死という避けられない苦しみを深く認識し、その解決を求めるために出家を決意したと伝えられています。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「私たち人間は、最後に死が待っているのに、なぜ恐れもなく普通にしていられるのか疑問なんですよね。」
こんなお話を、とある方からしていただきました際に、まさにお釈迦者も同じような気付きをしたのですよ、と上記の四門出遊をご紹介させていただきました。
確かに、死は怖いものです。理性を持っている私たち人間は、自分の身の回りに起きた事柄自分のことに置き換えてシミュレーションする能力を持っています。だからこそ、周りの人が亡くなっていくのを見て、何れの日か自分にもその日が訪れるということを、悟ることになります。
死後に理性はどうなるのか、私たちの理性ではそれを感知することが出来ません。見えないもの、分からないものに対して理性は恐怖を感じます。だから私たちは死に対して恐怖を感じるのだと思います。
北門の修行者に出会い精神的な安らぎを得るというのは、老い・苦しみ・死というものがなくなる訳でもありません。もっというなら何も変わっていません。それらを見る角度を変えるというのが北門の精神的な安らぎにつながります。
これから、境内には桜が咲きます。桜の花の見ごろはせいぜい10日、天候によっては1週間以内ということもあります。桜を美しいと感じる要因の1つとして挙げられるのが、「限られた期間に咲く」というところにあると思います。1年中桜の花が咲いていたら、あえてお花見はしないでしょう。限られた期間に命を輝かせる、これが桜の魅力と言えるのではないでしょうか?古人は盛者必衰と表しましたが、むなしさと、美しさというのは表裏一体のように思えます。宇宙の歴史からしたら私たち一人ひとりの命など風の前の塵に過ぎませんが、その塵が持つ一瞬の輝きが永遠の美しさなのではないかとも思えてきます。
そんなこともつゆ知らず、桜は咲くことでしょう。お開帳期間でもありますので是非ご覧いただければ幸いです。